笹ゆりの稚児球根を鉢植え
この稚児球根は、今年一葉、来年も一葉かも知れない、二葉、三葉になり、忘れた数年先に、笹ゆりを咲かせる。
保証は無いが、咲くに違い無いと信じて、この鉢を見る。
鉢植えの苺。5年目になるが今年も苺が生った。
甘い苺、網を掛け置かないと、鳥についばまれる。
シフォンケーキ。ここ最近、アンカークロージングの納田くんが焼くケーキを度々頂いている。
フレーバーとか市販されているシフォンケーキの比ではない、抜群のしっとり感と優しい舌触りは絶品。
千光寺コモンの苺コンポートと納田くんのプレーンシフォンケーキは絶妙なコラボレーション。
パスタはペペロンチーノ。このトマトは大原土井漬物店の季節限定トマトの漬物。思い通り、マッチングした。スープスパゲッティー気味で、残りのスープに白ご飯を入れ粉チーズを振ると、リゾット風になり美味しかった。
5月27日水曜日 ゴンが近くでウロウロしていないし、姿がないので、パソコン上でGPS追跡すると、びっくり、今年初の比良登山中。
蓬莱山の頂上で何をしているのやら・・・・
誰かに付いて登ったものか、ゴン一匹で小女郎道を登ったものか不明。
一時間ばかりパソコンで所在を確認していると、山上駅に向かわず、蓬莱山頂より、金毘羅道の山道を下山し始めた。以前も下って戻って来ているので、完璧にルートは刻み込まれているのだろう。元気に戻って来た。凄いおもろい犬。
昨日、頂いた納田くん特製のココア味のシフォンケーキを3時のコーヒータイムに頂く。しっとりキメが細かいシフォンケーキ。流石にどんどん腕前が上がっている。
今日、尾道千光寺のコモンの苺コンポートを送って貰う手配をした。来年行くまで待てない。瓶のままだと半年は保存が効く。ここの苺コンポートは特別な味。
2015年5月27日水曜日
2015年5月25日月曜日
朽木小入谷
一本しか咲かなかったのである。
仏壇に飾った家内の想いを込めて。
母と家内が一緒に朽木焼尾の峰で採取した笹ゆり。
咲いてくれるかどうか七年ぐらいかかる勘定。
この笹ゆりが再度、朽木へ向かわせた。
尾道旅行の記念として、備前黄薇堂さんで求めた器。
木村微風さんにしては珍しい作風の大振り湯のみ。
ビアマグにもお湯割りの器にも利用が出来る。
コモンのケーキ屋で求めたいちごジャム、しっかり形が残り美味しかった。来年も求めたい。
ゴンがデッキのベンチでリラックス。
もう自分の場所と決めている。
5月25日 週明けの月曜日。
ゴンは八屋戸の村までパジェロ・ミニを追いかけて来た。
村に入りそうなので、 Uターンして、元来た道を逆走して、志賀中学の道へ飛ばし、ゴンを巻く。
連れて行ってやりたいが、長距離の峠道、また泡吹くから諦めさせた。
笹ゆりの宝庫であるが、年々消えっている、今回、5年ぶりの朽木小入谷(おにゅうだに)滋賀県と福井県の県境の鯖街道の一つの奥深き峠道。
焼尾の地蔵尊の祠から、旧道の鯖街道の獣道を登る。
千社札もそのまま残っている。この峠を知ったのは、バイクで走り周っている折りに来て、それから車で来る様になった。通って20年以上は経つだろう。
この一葉の小さな葉が笹ゆりの子である。
10センチ以上、硬い地層から芽吹いっている、慎重に球根を掘り起こす、大切に育てたい。
この祠で何度もお弁当を食べた場所。
五年ぶりに笹ゆりが採取出来るか掛けみたいであったが、恵を戴いた。大切に育てたいと思う、これから五年七年と気長に花の咲くのを待つのである。
テーブル、椅子、持参でお弁当と珈琲タイム。
元来た道を戻る、朽木市場、道の駅で焼き鯖、トチ餅、地元レストランから発売のイタリアン・マヨネーズ。
行きがけに見ておいた、朽木旭屋の 十割そば。
後から珈琲とほうじ茶のプリン、その下にあずき。サービスで出してくれた、6月になると、七輪で鮎を焼いて食べられるとか、是非、夏前にこの朽木旭屋に来たいと思う。
レトロなカップソーサーの珈琲。サービスが効いたから、この店に必ず足を向けよう・・・
球根付きの笹ゆりの子供。何本、花が咲いてくれるものか。目的が叶った笹ゆりが手元に来てくれた。
貴重な笹ゆり、清楚な笹ゆり、これから鉢植えに移る。
2015年5月22日金曜日
鞆の浦・尾道へのドライブ
5月20日 水曜日 晴れ
午前9時 鞆の浦で昼食を取る為に、一時間早く出発となった。湖西道路、京都東から名神、中国道、山陽道、福山IC
鞆の浦 ウオヒサ本店へ直行。製造工場にある直売コーナー。大丸お中元カタログに出ていたウオヒサ。
カタログにあったお店が鞆の浦であったから、それだけの繋がりで購入を決定。
サービスで頂いた丸竹に巻いた竹輪。旨かった。
ひなびた町歩き。人のいないさびれが侘びに通じる。
幕末、龍馬も闊歩した鞆の浦の町並み。
昼飯を求めて、ぶらぶら。
古びた板囲のめし屋「おてび」 刺身定食と 小魚定食
網にかかった売り物にならない小魚
煮たり揚げたり、そこそこ味わい深き魚。
一杯飲んだり、鉢から好きなものを注文できる。
食後は、汽船乗り場へ戻り、一時間に三本出る仙酔島行き。乗船時間3分ぐらいで到着する距離。
その昔、清盛が海神を祀るために、宮島の厳島神社の最初の候補地がこの仙酔島であったらしい。
整備された遊歩道、往復で2キロ以上。
海風は涼しいが日向で太陽を浴びると汗が出る。
幕末の鉄板船をイメージしているのであろうが、どうみても海賊船である。
3時を回り、尾道へ海岸線沿いに西へ。
4時前に、尾道ロイヤルホテルにチェックイン。
5時に町歩きに出かける。
尾道中央商店街も休業や閉店店舗が多くなっている。
ぶらぶら歩くと面白い店も目に入った。
夕食はホテルの近くの尾道ラーメン。
5月21日 木曜日 快晴
2年前、尾道を訪れた時は、雨降りモヤ。千光寺の展望台へ車で上がったが、視界は利かなかった。
尾道観光は、この尾道水道を見渡せる眺望を見るのがご馳走なのである。
直射はキツイが、乾燥して日陰は肌寒いぐらい。
瀬戸内の渡る風のお陰で、広島地方は今季、27度が最高らしい。我々近畿圏の者は、夏日真夏日で蒸れているのに。
二人で何時も感謝しているのであるが、元気で車で辿り着き、美味しいごはんを食べられる幸せをかみ締めている。
千光寺の千手観音さまを拝顔。
ねこの小道、文学の小道、野良猫がいたるところに姿。
ケーブルカー乗り場に戻り、ケーキ屋さんへ、戻ってからのコーヒーのお供に、ワッフルのケーキ。
昼ごはんは、かき左右衛門。
隣の白い建物が尾道ロイヤルホテル。
昨晩、この牡蠣料理を堪能する目的で尾道へ来たのに、臨時休業。お昼のランチメニューで妥協。
100年近くなる米穀商の建物を利用した牡蠣料理店。
閑静な店内。
焼き牡蠣 新鮮で生状態で旨かった。
刺身定食にカキフライが付き、穴子丼を取り分ける。
今回の目的がずれたが、もう一度この「かき左右衛門」
へ来なさいという啓示かもしれない。
次回、3月末にもう一度、尾道へ戻ろう。
備前・黄薇堂
器屋を営業していた時に取引のあった備前焼きの窯元。
18年ぶりのお邪魔になった。
珈琲をご馳走になる。
奥様にもお会いしたかったのであるが、昨年脳出血で入院されて、リハビリ中で出会うことが出来なかったのは残念。
木村薇風さんも髪が真っ白。時は流れたのだ。
お変わりなくご達者で死ぬまで現役を通すとおっしゃっていた。次お出会いする機会があるかどうか、備前を離れる。
野山へ戻ったのは、まだ日没にならず明るかった。
ゴンも待っていてくれた。
走行距離650キロを超えたぐらい、まだ尾道へ戻れる。
午前9時 鞆の浦で昼食を取る為に、一時間早く出発となった。湖西道路、京都東から名神、中国道、山陽道、福山IC
鞆の浦 ウオヒサ本店へ直行。製造工場にある直売コーナー。大丸お中元カタログに出ていたウオヒサ。
カタログにあったお店が鞆の浦であったから、それだけの繋がりで購入を決定。
サービスで頂いた丸竹に巻いた竹輪。旨かった。
ひなびた町歩き。人のいないさびれが侘びに通じる。
幕末、龍馬も闊歩した鞆の浦の町並み。
昼飯を求めて、ぶらぶら。
古びた板囲のめし屋「おてび」 刺身定食と 小魚定食
網にかかった売り物にならない小魚
煮たり揚げたり、そこそこ味わい深き魚。
一杯飲んだり、鉢から好きなものを注文できる。
食後は、汽船乗り場へ戻り、一時間に三本出る仙酔島行き。乗船時間3分ぐらいで到着する距離。
その昔、清盛が海神を祀るために、宮島の厳島神社の最初の候補地がこの仙酔島であったらしい。
整備された遊歩道、往復で2キロ以上。
海風は涼しいが日向で太陽を浴びると汗が出る。
幕末の鉄板船をイメージしているのであろうが、どうみても海賊船である。
3時を回り、尾道へ海岸線沿いに西へ。
4時前に、尾道ロイヤルホテルにチェックイン。
5時に町歩きに出かける。
尾道中央商店街も休業や閉店店舗が多くなっている。
ぶらぶら歩くと面白い店も目に入った。
夕食はホテルの近くの尾道ラーメン。
5月21日 木曜日 快晴
2年前、尾道を訪れた時は、雨降りモヤ。千光寺の展望台へ車で上がったが、視界は利かなかった。
尾道観光は、この尾道水道を見渡せる眺望を見るのがご馳走なのである。
直射はキツイが、乾燥して日陰は肌寒いぐらい。
瀬戸内の渡る風のお陰で、広島地方は今季、27度が最高らしい。我々近畿圏の者は、夏日真夏日で蒸れているのに。
二人で何時も感謝しているのであるが、元気で車で辿り着き、美味しいごはんを食べられる幸せをかみ締めている。
千光寺の千手観音さまを拝顔。
ねこの小道、文学の小道、野良猫がいたるところに姿。
ケーブルカー乗り場に戻り、ケーキ屋さんへ、戻ってからのコーヒーのお供に、ワッフルのケーキ。
昼ごはんは、かき左右衛門。
隣の白い建物が尾道ロイヤルホテル。
昨晩、この牡蠣料理を堪能する目的で尾道へ来たのに、臨時休業。お昼のランチメニューで妥協。
100年近くなる米穀商の建物を利用した牡蠣料理店。
閑静な店内。
焼き牡蠣 新鮮で生状態で旨かった。
刺身定食にカキフライが付き、穴子丼を取り分ける。
今回の目的がずれたが、もう一度この「かき左右衛門」
へ来なさいという啓示かもしれない。
次回、3月末にもう一度、尾道へ戻ろう。
備前・黄薇堂
器屋を営業していた時に取引のあった備前焼きの窯元。
18年ぶりのお邪魔になった。
珈琲をご馳走になる。
奥様にもお会いしたかったのであるが、昨年脳出血で入院されて、リハビリ中で出会うことが出来なかったのは残念。
木村薇風さんも髪が真っ白。時は流れたのだ。
お変わりなくご達者で死ぬまで現役を通すとおっしゃっていた。次お出会いする機会があるかどうか、備前を離れる。
野山へ戻ったのは、まだ日没にならず明るかった。
ゴンも待っていてくれた。
走行距離650キロを超えたぐらい、まだ尾道へ戻れる。
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