2019年5月28日火曜日

5月下旬

鉄塔広場の最後の桧丸太を全部搬出
二年掛かりで積まれた丸太を切断して全部運び出した。
玉切り丸太を家内が薪割り機で全部割付凄い・・・

パスタの昼食 パスタ毎日でもオーケー!
諫早の古賀さんより今年は長崎の枇杷が届いた。
枇杷は子供時代から好きで、低学年の頃小学校校長室の中庭に枇杷の成る木があり、木に登って枇杷をモイでいる時、誰も居ないと思って居た部屋の校長と目が合った。
もちろんこっぴどく叱られた。苦い想い出。
大丸へ三度目の用事で出掛けた折に、昼食に河原町へ
「いきなりステーキ」にて300グラムのフィレステーキ注文
ライス、サラダで一杯食べた。満足。
次、行く機会があれば、400グラムのサーロインとサラダに挑戦出来そうである。
鉄鍋でコトコト煮込むトマト味のソーセージ入り野菜シチューボルシチ風でアウトドアメニューになる。
昔からの定番のメニューであるが二日か三日は楽しめる。
ハードのパンとも絶妙にマッチする。
軽トラの車検で入庫。今月は千本からの搬出作業は一時休止。5月27日 月曜日週明け。
伊勢丹で六盛のお弁当持参にて、前野の兄を陣中見舞い。
長岡京前野宅 兄は足の骨折、腕の骨折で現在もリハビリ中
、やっと何とか腕も使えるように回復、元気になられて何よりの事。二人を見ながら我々も元気に頑張らねば・・・

2019年5月22日水曜日

おがみと木札

『おがみ』の底に月日を記入
磁器の地蔵さんを50体ぐらい作った残りが10体ぐらい
3ミリ角長さが10ミリ 仏さんを描く
全ての『おがみ』の体内にはこの仏さんが内蔵してある
底は塞いであるが、振ったらカタカタ音がする
祇園精舎の鐘の声 平家物語 平敦盛を描いた絵
カッティングボードに細かく描いた一枚
年月が経過して描いた細かい祇園精舎は薄れて読めなくなっしまった。
熊谷直実に呼び止められ逃げるわけには行かず潔く引き返す
十七歳の弱冠敦盛、討ち取られる宿命は平家の滅びの哲学
木札に描いた絵『絵木札』と命名していた


あの当時、細かい字が書けた。般若心経。
紙に木札にどれだけ般若心経を飽きもせず書き綴った時代






気儘に趣味で描いた時代があった、もう細かい絵は今更描けない。残った絵木札は懐かしい・・・

2019年5月21日火曜日

何んや!これ

これは説明しなければ解らない物。
白い人形型と木肌の人形型。
形は合掌して拝んでいる姿。
人間厄年があり、男性は41歳の時、前厄と言って立木観音へ厄払いのお参りをする人が多い。私の場合、観音さんへ厄払いに行かずに、自分の分身が毎日毎日手を合わせて、厄払いのお祈りをする姿を白い無垢な自分として、365体の分身を彫り刻んだ物である。白いのが365体、木肌の人形型も150体以上、都合この時期500体ぐらい削り作った物。
この祈りの合掌から『おがみ』という名前で残った分身。
おがみの底に月日を記入している。
洛北から千本そしてこの野山へ渡って来た『おがみ』無事に三十年の歳月を送れたのもこの『おがみ』に護って貰ったと考えても不思議では無いかも知れない。
千本から未だ未だ珍しい作り物も野山へ渡って来るはず・・・面白い歴史である。

2019年5月18日土曜日

野山での食事会

5月16日 木曜日 対岸へ2月以来の佐川美術館

芸能人木梨憲武の作品展 発想作品は驚く程多かった
リトグラフ含めてグッズ類も販売意欲旺盛
芸能界もこういう商売の展開か?


佐川美術館のこの佇まいは奥深い光景で好みである

美術館の帰りにピエリで食材購入あり、昼ごはんを食堂街で

5月17日 金曜日 午前中大丸に用事あり。
ついでに錦通り御幸町に開店している「肉の寿司」
夕方にたけちゃん、永遠が来山するので、この寿司も・・・

何時ものおにぎり、卵焼き、
好評のおにぎりは定番
ジャガイモ玉ねぎのみの煮物


冷蔵庫に保存していた今季最後のコシアブラの天麩羅


わらびの天麩羅
クリームプリン

エビとホタテのかき揚げ天麩羅 大好評
荷物整理で出て来た妹たちの低学年の通知表 くしゃみしてたのではないか?
来月、6月の食事会も決めてくれた、楽しみに・・・